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能楽鑑賞日記

2013年11月24日 (日) 萬狂言特別公演「野村万蔵家祖先祭」
会場:国立能楽堂 14:00開演

小舞
「七つ子」 野村拳之介
「雛売」 野村眞之介
           地謡:炭光太郎、山下浩一郎、小笠原匡、吉住講、河野佑紀

「宗論」
 浄土僧:野村万蔵、法華僧:茂山千三郎、宿屋:野村祐丞  後見:吉住講、鈴木実

ご挨拶:野村万蔵

舞囃子「通円」 野村萬
    大鼓:大倉正之助、小鼓:観世新九郎、笛:一噌仙幸
        地謡:山下浩一郎、小笠原匡、野村万禄、炭哲男、炭光太郎

小舞
「鵜飼」 野村虎之介   地謡:炭光太郎、野村祐丞、野村万蔵、小笠原匡、吉住講
「住吉」 野村万禄    地謡:野村祐丞、野村万蔵、小笠原匡

「釣狐」
 伯蔵主・狐:野村太一郎、猟師:野村萬     後見:野村祐丞、小笠原匡

 まずは、小舞「七つ子」「雛売」、万蔵さんの次男拳之介くんと三男眞之介くんの小舞から。「七つ子」はよく舞われる小舞ですが、「雛売」は初めて観ました。万蔵家だけに伝わる小舞で、俳人高浜虚子が作った新作能『時宗』の間狂言で、雛市に雛人形を売りに出た者が、謡い舞いながら売る部分を小舞にしたものだそうです。
 拳之介くん、眞之介くんとも日々成長進歩が感じられ、扇の使い方も型も美しくなっているなと思いました。

「宗論」
 京都本圀寺の法華僧が身延山へ参詣した帰り道に、善光寺の参詣帰りの東山黒谷の浄土僧と道連れになりますが、すぐに犬猿の仲と気付き、互いに宗旨変えを迫ります。たまりかねた法華僧が宿屋に入ると浄土僧もしつこく追いかけ、二人は宗論することにします。どちらも譲らず、一夜が明け目が覚めると今度は読経での競り合いが始まって、踊り念仏、踊り題目となり、ついには互いに念仏と題目を取り違えてしまい、最後は釈迦の教えに隔てがないことを悟って和解します。
 大蔵流茂山千三郎さんとの異流共演による「宗論」。茂山家の中では柔らかい感じがしていた千三郎さんが、いかにも強直な法華僧に見え、万蔵さんの浄土僧は柔らかそうでいて、ちょっと意地悪な感じ。千三郎さんの大きな声と万蔵さんのちょっと抑えた声がその雰囲気をより鮮明にしていたようで、異流でも同じ年頃のお二人の息がピッタリ合っていて、とても面白かったです。

 今回は、珍しく番組の途中で万蔵さんのご挨拶がありました。万蔵家祖先際ということで、野村万蔵家の系譜についても触れ、世阿弥の「家、家にあらず。継ぐを以て家となす」の言葉を引いて、家芸を正しく継承していくことこそ家であると、今まで祖先が受け継いできたものを継いでいく、現在の万蔵家の狂言の姿を報告する意味を含めての今日の会ということでした。

舞囃子「通円」
 「通円」の仕方語の部分を萬さんの舞囃子で、声もまだまだしっかりしたお声の萬さん、舞もキレ良く美しく。

 小舞は、万蔵さんの長男虎之介くんの「鵜飼」と万禄さんの「住吉」。先月も観た虎之介くんは、若々しくキレの良い舞でした。

「釣狐」
 一族の狐を残らず釣り取られてしまった古狐が、猟師に狐を釣ることをやめさせるため、伯父の白蔵主に化けて猟師の家を訪ねます。白蔵主に化けた狐は、そもそも狐は神であり、狐の執心の恐ろしさを示す殺生石の事を語って聞かせます。狐は猟師に狐釣をやめることを約束させ、罠も捨てさせて喜んで帰る途中、捨てられた罠を見つけ、餌に引き寄せられて、仲間を釣られた敵討ちに化身の扮装を脱ぎ身軽になって食べにこようと立ち去ります。一方、白蔵主の態度に不審を抱いていた猟師は、捨て罠にしておいた罠の様子を見に行き、罠が荒らされているのを見て、先刻に白蔵主が狐だったと知り、本格的に罠を仕掛けて、藪に隠れて待ち受けます。正体を現した狐は戻ってきて、罠にかかってしまいますが、猟師と渡り合ううちに罠を外して逃げて行きます。
 太一郎さんの披きです。
 萬斎さんの釣狐は緊張感漲ってたし、披きだと結構いっぱいいっぱいで頑張ってるなあって感じがすることが多いんですが、太一郎さんは、罠の餌を食べたい狐の滑稽さが出ていて笑いが起こったり、本人はそんなことないんでしょうが、不思議と余裕を感じました。萬さんの猟師との緊張感もあって、良かったと思います。
2013年11月23日 (土・祝) 万作を観る会
会場:国立能楽堂 14:00開演

小舞
「貝尽し」 内藤連
「名取川」 中村修一
「蝉」   野村僚太
          地謡:岡聡史、高野和憲、野村萬斎、竹山悠樹、飯田豪

「悪太郎」
 悪太郎:野村万作、伯父:石田幸雄、僧:野村萬斎    後見:竹山悠樹

素囃子「融」酌之舞
 大鼓:柿原弘和、小鼓:田邊恭資、太鼓:小寺佐七、笛:一噌幸弘

「博奕十王」
 博奕打:野村萬斎
 閻魔大王:深田博治
 前鬼:高野和憲
 後鬼:月崎晴夫
 鬼:竹山悠樹
 鬼:中村修一
 鉄状鬼:岡聡史
  地謡:野村僚太、野村万作、加藤聡、内藤連
    後見:石田幸雄、飯田豪

 小舞「貝尽し」「名取川」「蝉」と、若手3人による小舞、若々しさのある勢いとキレのある舞でしたが、「蝉」の時、地謡が一度詰まったみたいに止まりそうになりました。こんなことは初めてで、一瞬「あれっ」と思いました。

「悪太郎」
 大酒飲みの悪太郎は、伯父が陰で自分の酒飲みを批判していると聞いて、長刀を持って伯父の家に出かけます。伯父を脅して酒をせびり、さんざん飲んだあげく帰宅途中の路上で寝てしまいます。心配した伯父は悪太郎を見つけ、以後酒を飲まぬようにと、僧形にして、南無阿弥陀仏と名付けると言い残して帰っていきます。目覚めた悪太郎は坊主になっている自分の姿に驚きますが、伯父の言葉を仏のお告げだと思い、これも仏道に入る縁と出家することにします。すると、そこに一人の僧が念仏を唱えながらやってきたので、悪太郎は自分の名を呼んでいると思い返事をします。不信に思う僧ですが、悪太郎に訳を聞いて念仏の由来を語り、それを聞いた悪太郎は、これからは一心に弥陀を頼もうと誓います。
 いつもは万作さんが僧役なので、万作さんの悪太郎は初めて観ました。黒々としたお髭を蓄えた万作さんの悪太郎は、傍若無人なのになんか愛嬌があって憎めない感じで、伯父役の石田さんも困ったものだと思いながらも「しょうがないなぁ」と言う感じです。
 後半の萬斎僧との掛け合いは、一々「やぁ」と返事をしにくる万作さんがとにかく可愛い(^^)。それを変に思って避けようとする萬斎僧とのやり取りも踊り念仏のリズミカルな掛け合いとなって、親子の息が合った浮きが最高でした。
 やっぱり万作悪太郎に石田伯父だと、お髭が真っ黒でも年齢の逆転が分かってしまうのがちょっと気になってしまいましたが、エネルギーのいる悪太郎を今の万作さんらしい味と可愛らしさで演じてたのは流石だなと思いました。

 素囃子は幸弘さんの笛で「融」酌之舞の小書付き。六条河原院の跡に融の大臣の霊が現れ優雅に舞う姿が見えるようでした。

「博奕十王」
 この世とあの世の境の六道の辻に閻魔大王が鬼たちを引き連れてやってきて、「娑婆では人間が賢くなって仏教を信じて死んでも極楽へ行ってしまうので、亡者が来なくなって地獄の飢饉はもってのほかじゃ」とぼやきながら亡者を待っていると、博奕打ちの亡者がやってきます。鬼どもに責められ閻魔王の前に引き出された博奕打ちは生前の罪を列挙されますが、閻魔王に「博奕はおもしろいか」と問われて、ここぞとばかりに解説を始め、ついに六道の辻で閻魔王と博奕打ちとのサイコロ勝負が始まります。閻魔王は一の目にこだわって張り続けてことごとく負け、ついには身ぐるみ剥がれ、極楽に案内する金札まで賭けて負け、博奕打ちを極楽へと連れて行くハメになります。
 この博奕打ちは、萬斎さんピッタリというような役ですが、深田さんの閻魔王は初めて観たかも。萬斎博奕打ちに載せられて博奕に興味を持った深田閻魔王、「一」が大好きとみえて、ひたすら「一」に賭け続けるけれど、ちっとも「一」は出ない。もちろんイカサマだけど、夢中になった閻魔王はそろそろ「一」が出るころだと「他の目に賭けた方がいいんじゃない」という鉄状鬼の言う事も聞かず。鉄状鬼も万之介さんの印象が強いところですが、今回は若手の岡さんが演じてました。大きな身体をかがめながらおずおずと出て来るあたり、なかなかとぼけた雰囲気が出てて、万之介さんを思い出しました。
 また、いつも真面目でお堅い感じの深田さんがちょっと情けなくてお気の毒な閻魔王を可愛らしく演じていて、この配役は結構ハマっているんじゃないかと思いました。これからは、若手が中心になっていくでしょうが、また観てみたいです。
 それから、この日は、偶然でしょうが、なぜか「四」の目ばかりが出ていて不思議でした。
2013年11月7日 (木) 東京茂山狂言会 第19回
会場:国立能楽堂 19:00開演

「子の日」
 公爵:茂山逸平、娘:茂山千三郎             後見:島田洋海

「不聞座頭」
 主人:茂山千五郎、太郎冠者:茂山童司、菊市:茂山宗彦   後見:井口竜也

「狐塚」小唄入
 主人:茂山七五三、太郎冠者:茂山千三郎、次郎冠者:茂山正邦
                                         後見:島田洋海

「子の日(ねのひ)」
 公爵が初子(はつね)の日なので、野辺へ出て歌い舞いながら小松を引いていると、女が小袖を被いてやってきます。まだ独り身の公爵は松にちなみ相生の契りを結ぼうと歌を詠みかけると、女も付け返します。公爵は喜んで顔を覗くと、あまりに醜女なので驚き、女が袖を取るので、「一度は手に引き取りし姫小松見捨て顔にぞ打ち掛くる雪」と詠んで、女の顔に雪をかけて逃げて行きます。しかし、女は、松の一千年の色は雪のうちに深しというから自分の寿命も長かろうと「嬉しやの嬉しやの」と喜びます。
 明治13年、冷泉家25代当主為理(ためただ)卿が茂山家に贈った曲の一つだそうです。
 風流に和歌を詠み合う様子が、品の良い公家らしい作品ですが、プロポーズしておいて顔を見たら醜女だったので逃げ出すというのが、狂言お約束のオチ。でも、この女は雪をかけられて逃げられても、男にまとわりつくでもなく、寿命が延びると大喜びでなんともポジティブ。
 立烏帽子に狩衣・指貫姿の逸平くん、橋掛かりを歩く横顔からしていかにもお公家さん、謡いの声といい、おっとりとした雰囲気といい、まさにはまり役でした。

「不聞座頭(きかずざとう)」
 耳の不自由な太郎冠者ひとりの留守番では心許ないと、主人は座頭の菊市に手伝いを頼みます。しかし、留守をする二人は、相手の不自由をさげすんで、打ち解けようとしません。菊市は盗人が入ったと嘘をついて太郎冠者をうろたえさせ、太郎冠者は舞を舞いつつ菊市の顔を足で撫でる。菊市が平家節で太郎冠者の悪口をこめて謡って喜べば、再び太郎冠者が舞を舞って足で菊市の顔を撫でようとする。気付いた菊市が、太郎冠者の足を取って投げると、怒った太郎冠者は逆に菊市を突き倒して逃げて行きます。
 後味のよい作品ではないので、近年はあまり上演されない曲だそうですが、差別される者がなお差別する相手を求めるという人間の醜い一面がそのまま描かれて、それも現実として目を背けてはいけないのかもしれません。
 そんな微妙な作品ですが、童司くんと宗彦くんが、子供の喧嘩なみの明るいバカバカしさで、笑えるものにしていました。

「狐塚」小唄入
 悪い狐が出ると噂の狐塚に主人の言いつけで鳥追いに来た太郎冠者と次郎冠者。昼間は二人で面白おかしく「引く物尽くし」の小歌を謡いながら、鳴子を使って鳥を追います。夜になって、酒を携えて見舞いに来た主人を狐と疑った二人は、主人の持ってきた酒を注がれても隙を見てこぼして返し、最後には松葉を燻して化けの皮を剥ごうとしますが、本物の主人と分かって慌てて逃げ出します。
 先日、和泉流の「狐塚」を観たばかりだったので、違いがはっきり分かって面白かったです。
 二人が鳴子の紐の端と端を持って鳴子を引いたり、前に投げ出したりして鳴らし、二人で紐を持ったまま謡い舞い、飛び返りまでしたのが見事。これ難しそうだけど、千三郎さんと正邦さんの息がピッタリ合ってました。
 小唄入だと華やかで情緒があるし、太郎冠者と次郎冠者が二人で主人を燻して怒られる方が面白いと思いました。
2013年11月5日 (火) 至高の華
会場:国立能楽堂 18:00開演

プレトーク「安宅こぼれ話」
梅若玄祥×村上湛

「清水座頭」
 座頭:野村万作、瞽女:野村萬斎

『安宅』延年之舞・酌掛・貝立
 シテ(武蔵坊弁慶):梅若玄祥
 ワキ(富樫某):宝生欣也
 子方(源義経):馬野訓聡
 シテツレ(山伏):馬野正基、坂真太郎、松山隆之、永島充、角当直隆
川口晃平、小田切康陽、山崎正道、観世喜正
 アイ(強力):野村萬斎
 アイ(太刀持):高野和憲
    笛:藤田六郎兵衛、小鼓:大倉源次郎、大鼓:亀井広忠
      後見:梅若長左衛門、山中迓晶
         地謡:土田晏士、角当行雄、梅若紀彰、松山隆雄
             会田昇、谷本健吾、井上燎治、土田英貴

プレトーク「安宅こぼれ話」
 梅若玄祥師と評論家の村上湛氏の対談ということで、村上氏が司会で玄祥さんに質問する形で進められましたが、なかなか面白い話が聞けました。
 「安宅」は、それまでの能といえば、美しい女が出てきて幽玄な物語が繰り広げられる曲が流行っていた中で、あまり演じられず、明治9年に復曲初演。玄祥さんの曽祖父初世梅若実師が演じた「安宅」の弁慶は静かだったそうですが、玄祥さんの祖父の兄、初世万三郎師は声が大きく、迫力があって、万三郎さんから「安宅」がうるさくなった(笑)とか。とにかく、「万三郎の安宅は客を呼べる」と大人気になったそうです。
 また、昔は9人の山伏が勧進帳を連吟していたそうですが、これも万三郎さんから弁慶の独吟になったそうです。元々連吟だったということについては、白紙の巻物を勧進帳のように読み上げるという解釈だと変ですが、頭の良い弁慶は用意周到にこういう場面も想定して偽の勧進帳を用意して、全員がそらんじていたという解釈も成り立つのではないかと玄祥さんは仰ってました。
 また、歌舞伎の「勧進帳」では、舞台装置が普段の歌舞伎とは違い、鳴物が舞台後ろに並び、能に近い形をとっていることについて、初期はそうでなかったものが、能の演出を取り入れて、能に近づいた形になったそうです(村上氏談)。
 昔は、能の方が上という考え方があって、歌舞伎役者も気を使ってたらしく、初世万三郎師と観世宗家が当時の名人が演じた歌舞伎の「勧進帳」を観に行った時、舞台から笑っているのが見えて、後でお付きの人が飛んできて、聞いたそうです。お二人は大変結構でしたと、答えたそうですが、後日談で、舞台とは違うことで笑ったのを勘違いされたと仰っていたそうです。
 そんな話を20分ほどされていましたが、意外な話が聞けてけっこう面白かったです。

「清水座頭」
 瞽女が、身の行く末を祈願するため清水の観世音に参籠します。そこへ座頭が良縁を求めてやってきます。御堂に辿り着いた座頭は、瞽女に突当り、二人は相手の不注意をなじって口喧嘩となりますが、お互いに盲目だとわかって仲直りをします。二人は座頭の持ってきた酒を酌み交わし、平家節や清水寺境内の桜の名木を歌った小歌を謡って打ち解けていきます。やがて夜も更け仮寝をすると、二人は霊夢をこうむり、それぞれ夢のお告げどおり西門へ行きます。杖で探り合ううち互いの杖が当たって、二人は引き合わされた相手と知り、出会えたことを喜んで、手に手を取って帰って行きます。
 萬斎さんの瞽女が、まあ美人なこと、あまりにも品の良い美人さんという感じですが、万作さんの座頭はほっこりとした柔らかさで、お告げの妻と対面するのに「恥ずかしい」という様子が、何とも可愛らしい(^^)。しかし、二人とも杖をつく指の先まで美しいのはさすが。

『安宅』延年之舞・酌掛・貝立
 富樫某が、義経主従一行が偽山伏となって陸奥へ向かうので、国々に新関を立てて山伏を厳しく吟味せよとの頼朝の仰せだと述べて、従者にその旨を指示します。安宅の湊について旅人から新関の噂を聞いた一行は強力に様子を見に行かせ、義経を強力に変装させて新関を通ろうとします。弁慶は東大寺建立のための勧進山伏だと名乗りますが、富樫は一人も通さぬ、全員を斬ると言います。それならば最期の勤めをして潔く斬られようと弁慶が促し、一同が勤行にかかり、山伏を殺せば熊野権現の天罰が下るだろうと示唆すると、富樫はあるいは真の山伏かと少し怯み、本物かどうかを確かめようと勧進帳の読み上げを命じます。弁慶は、間に合わせの巻物を勧進帳のように堂々と読み上げると、関の人々も恐れをなして通行を許しますが、強力に変装した義経を見咎めます。弁慶は、「おまえがのろのろするからだ」と責め、金剛杖で打ちすえて早く通れと言いますが、富樫は許しません。山伏たちは色めき、太刀に手をかけて富樫に詰め寄り、弁慶は金剛杖で懸命におさえます。さすがの富樫もその勢いに負けて一行の通行を許します。関所を離れた一行が休息し、弁慶が今しがたの折檻を詫び、義経が我が身の不運を嘆じていると、富樫が酒を持たせて追いつき、関所での無礼を詫びて酒宴となります。弁慶は富樫の罠かと疑いながら、舞を舞い、舞い終わるや一同をせきたてて、陸奥へ下って行きます。
 小書の「延年之舞」とは弁慶の舞う男舞に延年の型という特殊な型が入るものですが、型は流儀によって違うらしいです。「酌掛」は、弁慶が富樫に酌をし、富樫から酌をされた酒を橋掛かりでこぼす型が入ります。弁慶が富樫に心を許していない緊張感が伝わってきます。「貝立」はアイの強力が橋掛かりで扇を少し開いて法螺貝に見立て、法螺貝を吹いて出立を知らせる型です。
 三間四方の能舞台に10人の山伏がひしめき合って謡い、富樫に詰め寄る様はとにかく圧巻で迫力満点。恰幅のいい堂々とした玄祥さんの弁慶は、トークの時とは違って顔つきも厳しく、鉄壁の囃子方の迫力も凄まじくて、両者が煽るように凄まじいエネルギーに圧倒されました。
2013年11月3日 (日) 友枝会
会場:国立能楽堂 12:00開演

『烏頭』
 シテ(老人・猟師の霊):友枝昭世
 シテツレ(猟師の妻):粟谷浩之
 子方(猟師の子):粟谷僚太
 ワキ(旅僧):宝生閑
 アイ(浦人):野村万蔵
    大鼓:柿原崇志、小鼓:曽和正博、笛:一噌仙幸
      後見:中村邦生、狩野了一
        地謡:佐藤寛泰、粟谷充雄、大島輝久、佐藤陽
            内田安信、粟谷能夫、香川靖嗣、粟谷明生

仕舞
「羽衣」キリ  友枝大風
「八島」    友枝雄太郎
          地謡:塩津圭介、粟谷充雄、金子敬一郎、友枝真也

『夕顔』山の端の出
 シテ(都の女・夕顔の霊):友枝雄人
 ワキ(旅僧):宝生欣也
 ワキツレ(従僧):森常太郎、野口琢弘
 アイ(所の者):小笠原匡
    大鼓:亀井広忠、小鼓:観世新九郎、笛:一噌隆之
      後見:粟谷辰三、佐藤章雄
        地謡:佐藤陽、塩津圭介、大島輝久、佐藤寛泰
            内田成信、狩野了一、長島茂、金子敬一郎

「酢薑」
 酢売り:野村萬、薑売り:野村万蔵

『小鍛冶』白頭
 シテ(童子・稲荷明神):友枝真也
 ワキ(宗近):殿田謙吉
 ワキツレ(勅使):則久英志
 アイ(末社の神):野村太一郎
    大鼓:柿原弘和、小鼓:森澤勇司、太鼓:観世元伯、笛:槻宅聡
      後見:塩津哲生、内田安信
        地謡:谷友矩、内田成信、友枝雄人、塩津圭介
            谷大作、大村定、出雲康雅、中村邦生

『烏頭(うとう)』
 諸国一見の僧が陸奥外の浜へ向かう途中、越中の立山に立ち寄り、山上の「立山地獄」といわれる地獄さながらの有様を見て、恐れおののきつつ下山すると、麓で一人の老人に出会います。老人は、外の浜の猟師で、去年の秋に死んだが、陸奥に行くなら、私の妻子を尋ねて、家にある私の蓑・笠を手向けてくれるよう言伝て欲しいと頼み、いまわの際まで着ていたという麻衣の片袖を僧に預けます。陸奥外の浜に着いた僧は、浦人から猟師の家を教えてもらい訪ねます。僧が事の次第を語り、片袖を渡すと妻は驚き、形見の衣に合わせてみるとピタリと合います。やがて僧が亡者の願い通り蓑・笠を手向けて回向していると、猟師の霊が現れ、卒塔婆を立てての供養を謝しつつ、鳥獣を殺した罪を消してほしいと懇願します。亡霊は後生の報いを忘れて猟に夢中になって過ごした殺生の罪を懺悔するうちに地獄の責苦が猟師を襲い、亡霊は僧に助けを求めて消えて行きます。
 魚鳥を殺した者が、死した後に殺生の罪により堕地獄の苦しみを味わう曲はいくつかありますが、これも悲惨で暗い曲です。後場で猟の様子を表し、地獄の責苦を受ける場面が見せ場。友枝さんの凄みのある謡とキレの良い所作は流石でした。子方の僚太くんは、ずーっと片膝立てで座ったままの姿勢で足が痺れたのか、もぞもぞ。立ち上がって歩く時に母が背中に手を添えていたから良かったものの、ちょっと足元がぐらついた感じでした。ちょっと可愛そうだったかも。

仕舞「羽衣」「八島」
 大風くんの「羽衣」に雄太郎くんの「八島」。大風くんは、まだ子供なので優雅とはいかないけれど、子供らしくきちんと舞っていて良かったです。
 久々に見る雄太郎くんの「八島」は、雄々しく力強く、声変わりも終わったのか、声も落ち着いた感じで、大人っぽくなってました。

『夕顔』山の端の出
 男山八幡宮参詣のために豊後国より上京した僧が、五条辺りを通りかかると、ある屋の軒端から女の歌を吟ずる声が聞こえ、一人の女が現れます。僧が土地の謂れを尋ねると、『源氏物語』にいう某の院がこれで、もとは融の大臣ゆかりの河原院であるとのべ、ここでの光源氏と夕顔上との儚い恋の顛末を語ると、姿を消します。不思議に思った僧が、土地の者から夕顔上のことを詳しく聞き終え、その跡を弔っていると、やがて夕顔の霊が現れ、舞を舞い、成仏を喜んで明け方の雲の中に消えて行きます。
 小書の「山の端の出」は、前シテが作り物の中で「山の端の・・・」と謡いだし、引回しが下りて床几にかけた女が現れる出方だそうです。前場は作り物から出てきた女が光源氏と夕顔のことを座って語り、後場は、夕顔の霊が優雅に舞を舞うもの。動きが少ないのもあって、特に前半半分くらい意識が飛んでしまいました(^^;)。
 ちゃんと聞けた小笠原さんのアイ語りは、品格があって良い語りだったと思います。後場の夕顔の霊の舞も優雅で綺麗でした。

「酢薑」
 都へ商売に行く途中の薑売りと酢売りが出会い、薑売りは、自分に礼を尽くさなければ商売をさせないと言い、薑の由緒正しさを語ります。酢売りも負けじと由緒を語るので決着がつきません。そこで都までの道中、秀句(洒落)を言い合って勝負をつけることにします。両者とも巧みな秀句を言うので、とうとう決着がつかず、酢と薑は縁のある食物だからと今後は仲良くすることにして笑って別れます。
 薑は昔は山椒のことをさし、辛いことから薑売りは「カラ」の音を盛り込み、酢売りは「ス」を盛り込んだ洒落合戦です。
 「酢薑」というと、以前、萬さん、万作さんの共演で観たのが完成度が高く、あまりに印象が強かったので、ちょっと物足りなく感じてしまうのは、しょうがないか。万蔵さんも頑張っていて、親子で息も合ってるし、良い出来だと思いますが。

『小鍛冶』
 一条院の臣下が勅使として、小鍛冶宗近に帝の霊夢により剣を打つよう伝えます。宗近は、相槌のいないことを嘆きますが、神力を頼むことにし、氏神の稲荷明神へ参詣すると、一人の童子が現れます。童子は宗近との問答で、中国・日本の剣の威徳、ことに日本武尊の東国平定にまつわる草薙の剣の話をして、打つべき剣もその草薙の剣に劣らないと励まし、壇を築いて我を待てと言いおいて、稲荷山へ去って行きます。宗近が、用意を整え、幣を構えて「謹上再拝」と上首尾を祈ると、稲荷明神が槌を携えて走り出てきて、宗近を促して交互に刀身を打ちます。槌音が天地に響き、剣の裏表に銘を入れると槌を置き、宗近から刀身を受け取って、「四海安穏、五穀成就」を祝福すると、勅使に打ちあがった刀剣を捧げるや、むら雲に飛び乗って、稲荷の峰に帰って行きます。
 勢いがあって見ていても面白い曲です。アイの太一郎くんの末社の神の語りも落ち着いて堂々としていました。
 後シテの稲荷明神は白狐で白頭に狐の冠をつけ、槌を持って登場。ひょこひょことした狐足という特殊な足遣いと颯爽としてキビキビした動きで、スピード感のある展開が面白かったです。