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能楽鑑賞日記

2013年12月17日 (火) 国立能楽堂開場30周年記念あぜくらの夕べ
会場:国立能楽堂 18:30分

「三番叟」空木之式(くうもくのしき)
 三番叟:野村萬斎
 千歳:野村裕基
    笛:藤田六郎兵衛
    小鼓頭取:大倉源次郎
    脇鼓:飯冨孔明、清水和音
    大鼓:亀井広忠
       後見:野村万作、竹山悠樹
          地謡:岡聡史、石田幸雄、深田博治、内藤連

「咲嘩」
 太郎冠者:野村万作、主:野村萬斎、咲嘩:石田幸雄    後見:深田博治

 国立能楽堂開場30周年記念で、あぜくら会員のための企画「あぜくらの夕べ」。今回は萬斎さんがスカイツリー開業記念式典のために特別に演出した「三番叟」空木之式を披露するとのことで、満席でした。「スカイツリー」だから「空木」ってそのままですね(笑)。

「三番叟」空木之式
 幕内で火打石を打つ音がして、水色に鶴亀白梅模様の直垂の千歳の裕基くんを先頭に三番叟の萬斎さんは、金の烏帽子に白狩衣に白大口、白地に金の摺箔という白ずくめの装束で登場。面を使わないので、千歳の裕基くんは面箱を持っていません。
 「翁」がいないので、三番叟の萬斎さんが正先で深々と拝礼して、翁の席あたりに座ります。
 まず、裕基くんが露払いの千歳の舞。細くて手足が長く、背も高くなった裕基くん。まだ声変わりでちょっと声が出しづらそうでしたが、若々しく颯爽とした舞で舞い終えました。
 さて、白装束の萬斎さん、「揉ノ段」「鈴ノ段」と続きますが、新しそうな装束が、まだ馴染んでないのか、時折動きづらそうな感じが?
 今回の「鈴ノ段」は、面をかけずに直面で舞うので、千歳との問答はなく、後見の万作さんが三宝に鈴を乗せて前に進み、萬斎さんが受け取って、「鈴ノ段」が始まります。
 面をかけずに顔が見えるのも良いのですが、神になり代わる儀式、黒い尉の面をつけ次第に神がかっていくように高揚していく「鈴ノ段」がやっぱり良いなあと思ってしまいました。
 囃子方もスカイツリー開業式典の時と同じメンバーのようですが、気迫に満ちたベストメンバーでした。

「咲嘩」
 連歌の初心講の当番になった主人は、都の伯父を呼んで宗匠(指導者)に頼もうと思い、太郎冠者を使いに出します。しかし、都へやってきた太郎冠者は、伯父の顔も住まいも聞かずにきてしまったので、物売りを真似て大声で呼びまわります。そこに見乞いの咲嘩という詐欺師が太郎冠者を騙そうと近づいてきて、太郎冠者は伯父だと思い込んで連れ帰ってきます。ところが、主人は咲嘩の素性を知っているので驚きますが、事を荒立てては面倒と思い、振舞って帰そうとします。そこで、太郎冠者をもてなしに出しますが、主人の小鳥好きの話で鶯を思い出せずにグイスと言ったり、鷹を人のあだ名と間違えたりします。あきれた主人は、余計なことを言わずにすべて自分の真似をするように太郎冠者に言いつけます。すると太郎冠者は主人のすることをすべて真似て、主人が自分にしたように咲嘩を突き倒し、その後に恭しく挨拶して引っ込んで行きます。

 万作家スリートップによる「咲嘩」。万作さんの太郎冠者は、まったく悪気のない天然という感じで、それに引っ掻き回される主人と咲嘩という構図。都の詐欺師をも翻弄してしまう万作太郎冠者最強(笑)。トボトボと帰って行く石田咲嘩がホントにお気の毒でした。
2013年12月11日 (水) 東京能楽囃子科協議会定式能十二月公演
会場:国立能楽堂 13:30開演

舞囃子
「呉服」 (宝生流)佐野登
    笛:寺井義明、小鼓:野中正和、大鼓:大倉三忠、太鼓:梶谷英樹
      地謡:東川尚史、辰巳満次郎、小倉伸二郎、内藤飛能
「求塚」 (観世流)梅若玄祥
    笛:内潟慶三、小鼓:亀井俊一、大鼓:安福建雄
      地謡:川口晃平、松山隆之、角当直隆、山崎正道、小田切康陽
「春日龍神」 (宝生流)和久壮太郎
    笛:成田寛人、小鼓:坂田正博、大鼓:柿原光博、太鼓:小寺真佐人
      地謡:東川尚史、辰巳満次郎、小倉伸二郎、内藤飛能

「蛸」吐墨
 蛸の霊:野村萬斎、僧:野村万作、里人:竹山悠樹
    笛:成田寛人、小鼓:坂田正博、大鼓:柿原光博

『融』思立之出・十三段舞返
 シテ(老翁・源融の霊):梅若紀彰
 ワキ(旅僧):福王和幸
 間(門前の者):石田幸雄
   後見:山崎正道、小田切康陽
     笛:一噌幸弘、小鼓:観世新九郎、大鼓:亀井広忠、太鼓:桜井均
       地謡:川口晃平、松山隆之、角当直隆、梅若長左衛門
           松山隆雄、土田晏士、梅若玄祥、角当行雄

 年間4回公演のクーポン券4枚綴りを購入している人のみ座席指定料金を払って座席指定ができるらしく、1回券は自由席のみ。時間がギリギリになってしまい、すでに仕舞が始まっていて、超満員で座る席がなく、後ろに立っている人たちと一緒に立ってました。たぶん、消防の関係だと思いますが、補助席は出せないらしく、しかし、年配の方が多かったので、立ちんぼは気の毒。混むことが予想される公演は券の販売も何とか方法を考えて欲しいものです。でも、舞囃子の後の休憩で帰った人がいたらしく、狂言を観ていたら、中正面に一つ空席発見。最後の能は90分くらいかかるし、すでに足も痛くなっていたので、どうしようかと思いましたが、後で立っていた年配の人たちもさすがにこれ以上立っているのは辛いのか、狂言の後は次々と出て行ったので、遠慮なく中正の空席に座ることができました。

「蛸」吐墨
 筑紫の僧が都へ行く途中、清水の浦に着くと、去年の春に死んだ蛸の幽霊が現れ、弔いを頼んで消え失せます。僧があたりの人に尋ねると、漁師が捕った大蛸を皆で食べたが、祟りがあるので塚に葬ったと語ります。僧が供養していると、蛸の霊が現れ、漁師の網にかかって殺された有様を謡い舞い、今の弔いで成仏できたと喜んで消え失せます。
 「吐墨」の小書は、萬斎さんが能『土蜘蛛』からヒントを得て黒い墨糸を吐く演出を考えて、昨年「ござる乃座」で、1回演じたものです。今回は、万作さんが僧の役なので、柔らかさもあり、「なまだこ、なまだこ」と大真面目に唱えるところも可笑しい。蛸の霊は「賢徳」と「うそ吹き」を合わせたような蛸専用の面で、赤頭の上に真っ赤な蛸の作り物が乗ってます。漁師に殺されて張り蛸にされた様子などを仕方で見せる様子も笑いを誘って、前より面白かったような気がします。墨糸は4発、派手に撒いてました。

『融』思立之出・十三段舞返
 東国から上京して来た僧が、仲秋の名月に六条河原院を見物していると、一人の老翁が田子を荷って現れます。旅僧が河原院のことを尋ねると、老翁は、河原院こそ融の大臣が陸奥の塩釜の景を移したところであると述べ、さらに、融の大臣は難波の御津の浜から毎日潮を汲んで運ばせ、塩を焼かせたりして楽しんでおられたが、大臣が世を去られた後は誰も継ぐ人がなく、荒れ果ててしまったと語り続けます。そして老翁は、旅僧に、あたりの名所を教えたあと、田子を荷って汀に出て潮を汲みますが、そのうちに、姿が見えなくなってしまいます。旅僧は清水寺門前の者に融の大臣のことなどを聞き、門前の者は求めに応じて語ったのちに、大臣への供養を勧めます。旅僧が寝ていると、融の大臣の霊が貴公子の姿で現れ、忘れがたい河原院で名月の下、舞を舞い、そして、夜の明けるころ、月の都へと帰って行きます。
 小書の「思立之出」は、ワキ僧が「思い立つ・・・」と道行の謡を謡いながら橋掛かりを歩いてくる演出。福王和幸さんが重厚な謡いで雰囲気のある場を作り、田子(天秤棒の両側に桶を下げたもの)を担いだ前シテの老人が登場します。
 語り終えたシテ(老人)が、正面舞台前を浦に見立てて、田子を下して汐汲みをする様子を見せて去って行きます。アイの石田さんは、ベテランらしく、安定した語り。
 後場のシテは、黒垂髪に上下とも白が基調の貴公子らしい装束で、「十三段舞返」の小書で段数が増え、舞が長くなりますが、早舞、急之舞と囃子と共に段々スピードアップしてきて激しい舞になるのが見どころで面白いです。
2013年12月8日 (日) 第十回善竹富太郎の狂言会「SORORI」
会場:国立能楽堂 14:00開演

おはなし:善竹富太郎

「岡太夫」
 聟:善竹大二郎、舅:野島伸仁、妻:大藏教義

「名取川」 旅の僧:大藏千太郎、名取の某:川野誠一

「釣針」
 太郎冠者:善竹富太郎
 主人:大藏基誠
 新妻:大藏康誠
 おはした:善竹隆司、善竹徳一郎、善竹忠亮、善竹大二郎、善竹十郎

 久々に観る「SORORI」でしたが、大きい国立能楽堂でも八割くらいの入りで、ファンが増えたのかな。結構若い男女が多かったのも新鮮。
 トミーもお話が上手くなったみたい、ユーモアたっぷりで面白かった。
 名乗りから道行きして人の家に入って行くまでを演じ、「今、不法侵入しました。」(笑)「分からない言葉があったらスルーしてください、それでも何をやっているか分かるでしょう。」と、初心者向けに狂言の見方を解説。まあ、その通りです。見てれば何をしているか、だいたい分かりますからね。そして、「岡太夫」と「名取川」のテーマは“物忘れ”。「釣針」は“女を釣る話”と紹介してました(笑)。
 後でも、また登場して、今回で十回になるということで、次回より「SORORI」は新しい試みで演出を頼んで新作を披露していく予定とのこと。また、先生に付いて歌を習っているとのことで、今年はクリスマスコンサートのナビゲーターをやったり、来年は狂言オペラの海外公演もされるとか、「イタリア語は狂言に合うんです。」とちょっと披露してみせたり、いきなりの朗々としたイタリア語の謡いにちょっとビックリ(笑)でした。

「岡太夫」
 聟入りにきた聟に舅は蕨餅を出し、これは岡太夫とも呼ばれ朗詠の詩にも詠まれていると教え、娘も作れると言うので、帰宅した聟は、妻に作らせようとします。ところが、名を忘れてしまい、妻に詩を次々にあげさせますが、めざす名前が出てきません。苛立った聟が思わず妻に手を上げると、妻が「紫塵のものうき蕨人手を拳(にぎ)る」と吟じたのでやっと思い出します。
 舅役の野島さんは、私は初めて観るのですが、落ち着いた雰囲気で舅役にピッタリでした。
 大二郎さんの聟さん、聟入りの席で舅に勧められた蕨餅が美味しいからと無邪気にお替わりをねだったり、妻が作れるはずだと聞いて喜んで帰ったのに肝心の名前を忘れてしまったりと、困ったちゃんですが、ここでも妻の方がしっかり者で教養もあるようです。聟さんが思い通りに名前が出てこないのに苛立って思わず妻に手をあげちゃうなんて、元々お前が悪いのにしょうもない男です。でも、それで妻が吟じた詩で思い出して仲直り。そんなこんなでも、しっかり者の妻に支えられて仲良くやって行くのだなと思わせます。

「名取川」
 希代坊(きたいぼう)に不肖坊(ふしょうぼう)と、二つの名前をもらった僧は、物覚えが悪いので名前を両袖に書いてもらい、さらに道中で忘れないように平家節や踊り節で名前を口ずさんで行きますが、途中で大きな川を渡ろうとしてはまってしまい、両袖の名前も流されて消えてしまいました。慌てて笠で名をすくっているところに在所の者が通りかかりますが、川の名が名取川、相手が名取の某と聞いて、僧は名を返せと迫ります。しかし、某が当惑してつぶやいた「希代な」「不肖な」という言葉から名を思い出した僧は、喜びの謡を謡って帰って行きます。
 希代坊、不肖坊というのも変な名前ですが、平家節や踊り節で名前を口ずさみながら行ったり、名前が流されたと笠ですくおうとしたりと、千太郎さんは大真面目なようで楽しそうだったり、柔らかさと何ともトボケタ雰囲気が出ていて面白かったです。

「釣針」
 主人が太郎冠者を伴って西宮に参詣すると、望みの物が手に入る釣針を与えるというお告げを受けます。お告げの釣針を手にして浜に行った二人は、思案の結果、妻を釣ることにし、また、おはしたの衆も釣り上げます。主人は妻を連れて先に帰り、太郎冠者は残った女たちから自分の妻を選ぼうとしますが、被きを取ると、いずれも醜女ばかりなので、慌てて逃げ帰って行きます。
 大蔵流の「釣針」を観るのは、初めてだったかな?和泉流とは、ずいぶん違いがあって、それもまた面白かったです。
 新妻役の大藏康誠くんは、基誠さんの息子さんのようです。小さくて可愛い新妻で、退場の時は基誠さんがおんぶして行きました。
 妻を釣るのも、和泉流だと主人の妻と太郎冠者の妻は一人ずつ釣り出して、おはしたは、いっぺんにぞろぞろと繋がって釣れるんですが、大蔵流では、一人ずつ、橋掛かりからばかりでなく、場所を変えようと言って、切戸口から出てきたり、最後は足の悪いおはしたを連れて2人で出てきたり、また、太郎冠者は、出てきたおはしたの中から決めていいという事で、一人ずつ被きを取っていって、見目の良いのを望んだはずが、結局みんな醜女で、全員に迫られて逃げ出すということに(笑)。
 トミーのトボケタ雰囲気と愛嬌で、これも大笑いでした。

 久々に観た「SORORI」も、とても面白かったので、また来年からもできるだけ観に行くようにしようと思います!
2013年12月7日 (土) 国立能楽堂開場30周年記念特別企画公演
会場:国立能楽堂 13:00開演

「釣狐」 伯蔵主・狐:山本東次郎、猟師:山本則俊
     笛:松田弘之、小鼓:住駒充彦、大鼓:大蔵栄太郎
       後見:山本泰太郎、山本則重

素囃子「神舞」
     笛:藤田次郎、小鼓:鵜澤洋太郎、大鼓:柿原光博、太鼓:大川典良

「太鼓負」
 夫:野村万作
 妻:野村萬斎
 参詣人:井上松次郎、佐藤融、野口隆行、奥津健太郎
 祭頭:石田幸雄
 舞人:野村又三郎
 神子:深田博治、高野和憲
 太鼓打:中村修一
 稚児:野村裕基
 白丁:月崎晴夫、破石澄元
 警固:竹山悠樹、破石晋照
    笛:藤田次郎、小鼓:鵜澤洋太郎、大鼓:柿原光博、太鼓:大川典良
      後見:三宅右矩、三宅近成

 国立能楽堂開場30周年記念で、大曲「釣狐」を山本東次郎さんで、大人数物の「太鼓負」を万作さんでということで、見逃せない舞台でした。しかし、東次郎さん76歳で「釣狐」に挑むとは、また万作さんが触発されちゃうんじゃないかと・・・。

「釣狐」
 先月は野村太一郎さんの披きを観たばかりなので、和泉流と大蔵流の違いも分かりやすかったです。山本家の「釣狐」は、則重さんと則秀さんの披きの時以来ですが、東次郎さんの「釣狐」が観られるとは思っていませんでしたから、とっても幸運です。
 東次郎さんの白蔵主狐は、動きにメリハリが効いていて、獣性とコミカルさも感じる狐でした。白蔵主が登場してくる場面での杖をトンとついて数珠を鳴らすのが印象的で、ぐっと緊張感が高まります。和泉流では数珠を使わないんですよね。
 和泉流では白蔵主は家の中で床几に座って語るのですが、大蔵流では入口に立ったままで語ります。
 白蔵主が猟師に狐釣りをやめる約束をさせ、喜んで帰る途中に捨てた罠の餌につられ、杖で餌を何度もつつく姿が滑稽で可笑しい。猟師も罠を仕掛けるのに、どこに置こうか迷ったり、罠の紐をちゃんと土をかけて隠したりと芸が細かいです。
 今回は最後に狐が罠を外して逃げる時に、後見が茶の衣を掛けて、狐が衣を被いて逃げて行きました。この演出は今までも観たことがなく、初めてでした。狐が隠れた、あるいは消えたことを表しているのでしょうか?
 着ぐるみに白蔵主の装束をつけての「釣狐」は、体力がいって大変なはずですが、普段から山本家はハコビがキビキビしているので、とてもメリハリの効いた動き、俊敏さがお歳を感じさせませんでした。
 これを観たら、万作さんが、また狐をやりたくなっちゃうんじゃないかと思っちゃいました。

「太鼓負」
 恒例の祇園会(祇園祭)が近づき、毎年出し物に参加する夫が、今年もいつもお決まりの警固の役になったと聞いた妻は「もっと良い役を手に入れるまで家に入れない」と夫を追い出してしまいます。気の弱い夫は、妻に何も言えません。
 祭が始まり、内心心配な妻が、こっそり祭の様子を見にいくと、大きな太鼓を背負った夫が神輿の行列の先頭に立ってやってきます。それを見た妻は夫の発奮を褒めて、仲良く連れ立って家に帰って行きます。

 大人数物で名古屋の又三郎家、狂言共同社の方々も参加、後見には三宅右近家の兄弟と、和泉流総出か、というくらいでした。
 夫にはっぱをかける萬斎妻は、どこか気位の高い奥様風ではありましたが、強いことを言っても、やっぱり夫思いで、こっそり様子を見に行ったり、太鼓負の役は決して警固より良い役とは言えないのに、それを褒めて「のう、愛しい人」と言って仲良く帰って行くのは狂言らしい滑稽さなのでしょうが、なんかほのぼのして良いですね。
 大きな太鼓を背負って、出てきた万作夫は太鼓を打たれるたびによろよろよろけますが、芸尽くしで、又三郎さんの舞人の舞に始まり、深田さんと高野さんの神子が神楽を舞ったり、裕基くんの稚児が鞨鼓をならして舞ったりするのを真似してみたりで、とっても楽しそう。最後に裕基くんが本舞台から橋掛かりを水車(横転)で幕入りするのは、さすが万作家の運動神経の良さを引き継いでいて、お見事でした。
2013年12月5日 (木) 第64回野村狂言座
会場:宝生能楽堂 18:30開演

解説:高野和憲

「苞山伏」
 山伏:野村又三郎、山賤:奥津健太郎、道行人:野口隆行

「胸突」 男:野村萬斎、何某:内藤連

「鎌腹」
 太郎:野村万作、妻:高野和憲、仲裁人:竹山悠樹

「樽聟」
 聟:石田幸雄、舅:深田博治、太郎冠者:月崎晴夫、何某:野村萬斎

 パンフレットが三つ折りになっているなと思ったら、高野さんが「語句解説の字が大きくなってます!」と、あら、そうだ!
 「胸突」と「樽聟」は、稀曲ということで、あまり観ることのない曲ですが、「胸突」は、茂山家で観ました。

「苞山伏(つとやまぶし)」
 山賤(やまがつ)(きこりのような山中に住む人)が、仕事に出かける途中で眠くなり、弁当の包んである苞を傍らに置いて横になっていると、次に修行帰りの山伏がやってきて、やはり寝てしまいます。そこにやってきた通りがかりの男は、山賤の弁当を見つけ、腹がへっていたので、盗み食いして、使った箸を山伏の枕元に置いて寝たふりをします。目を覚ました山賤は、苞がなくなっていることに気づき、傍らで寝ている男を起こして尋ねますが、男は山伏に罪をなすりつけます。山賤は山伏を起こして詰問しますが、身に覚えのない山伏は、真犯人を祈りだすことにします。はたして男の体が痺れて動かなくなり、男は白状して助けを求めますが、山伏は怒りが収まらず、「祈り殺してやる」と手を緩めません。とうとう山賤が「そのくらいで許してやって」と仲裁に入ります。
 野村又三郎家による「苞山伏」、和泉流にしかない曲ですが、三宅派の万作家と野村派の又三郎家では違いますね。万作家では山賤が怒って男を棒で打ち殺そうとし、それを山伏が逃がし、山賤が追って行くという終わり方。又三郎家では罪をなすりつけられた山伏の方が怒りが収まらない。山伏さん、人間の修行が足らないね(笑)。

「胸突(むねつき)」
 借金をなかなか返さず、その上、取り立てに行った使いの者に悪口をあびせるは、暴力をふるうはと、勝手放題の男の態度に業を煮やした何某は、自ら借金の取り立てに行きますが、力づくで男を自宅に連れて帰ろうとしてもみ合ううちに、男を突き飛ばしてしまいます。男が胸の痛みを訴えて大声で叫びたてるので、何某は、利息をまけてやることにしますが、男はさらに叫び続け、借金をチャラにしてしまいます。
 内藤連さんが、大事な役をしっかりこなしていて感心しました。ちなみに連さんの名前の読み方は「レン」ではなく「ムラジ」なのでしょうか、役名の無い役では、本人の名で呼ぶことがありますが、「萬斎殿」「むらじ殿」と呼んでいました。まあ、戸籍にはフリガナは無いので、読み方は自由なんですけどね、それに芸名として読み方を変えるというのもありますから。
 チンピラが大げさに因縁つけてるみたいで、ずる賢い話ですが、茂山家で観た時は、宗彦さんと七五三さんのコンビで「七五三の人殺し〜!」と叫ぶ宗彦さんに思わず大笑い、あっけらかんとした雰囲気で面白かったです。それも持ち味ですかね。

「鎌腹(かまばら)」
 太郎が山へ薪をとりに行こうとしないので、怒った妻は、鎌を縛り付けた棒をふりかざして太郎を負い回し、やっと仲裁人が押し止めますが、妻に侮辱されたと悔しがる太郎は、渡された鎌で腹を切ろうとします。しかし妻は少しも動じず、切りたければさっさと切れと冷たく言い放ち、さっさと仲裁人を連れて引き上げてしまいます。一人残された太郎は、腹を切ろうとしますが、いざとなるとなかなか死にきれず、最後は思い止まって、通りがかりの知人に妻への伝言を頼んで、山へ出かけます。
 鎌を縛り付けた棒を振り回す高野さんのわわしい妻は迫力満点、まさに適役です。万作さんの太郎は言いだしたら後に引けない男の葛藤と滑稽さ侘しさが交じり合って笑いをさそい、さすがでした。

「樽聟(たるむこ)」
 最上吉日なので、舅の家に聟入に行く聟は、供をするものを借りに日頃から目をかけてくれている何某の家にいきますが、あいにく皆使いに出ているので、何某自身が酒樽を持って供について行きます。聟と舅が対面していると、舅宅の太郎冠者が、聟は表にいると言いだし、何某を連れてきます。舅も何某を聟だと思い込み、本物の聟を追い出して、何某と盃事をして太刀を与えます。何某が外へ出て来ると、聟と太刀の取り合いとなり、聟は太刀を奪って逃げて行きます。
 石田さんが聟役とは珍しい、ずいぶん年取った聟さんで、舅が深田さんというのも、ずいぶん若い奥さんを貰ったのかな。聟入に行くのも普段の肩衣に半袴姿、それに引き換え供について行く何某の方が若いし正装で酒樽も持っているし、そこで取り違えが起こるという趣向か。
 それにしても、本人が否定しているのに、何某を聟だと思い込んで言う事を聞かない舅と太郎冠者も頑固な人たちですね。
 追い出された聟さんは、こっそり何某の傍に行って盃事のお酒を横取りして飲んだりしてますが、初めは否定していた何某も太刀を貰うと、自分が貰ったのだから自分の物だなんて、結局、欲が勝っちゃいましたね、それにしても、一番情けないのは聟さんでした。これから、舅とうまくやっていけるんでしょうか?心配になってしまいました。